老年期の暮らし

独り暮らし老女 yachippe の日常生活

背すじを伸ばして歩く

話は1年ほど前に遡る。

 

青が点滅する交差点を急いで渡ろうとして、足がもつれそうになった。

その時、初めて 自分が駈け出す事ができない事に、気がついた。

坂や階段は無理でも、平地なら自由に歩けると、ずっと思っていた。

だが実際は、ゆっくり歩く事は出来ても、急ぎ足や駆け足は無理だったのだ。

そのショックを、故郷の友に電話で伝えたら、笑われた。

「うちは、ずっと前から走られんよ。年寄りには、それは普通の事よ。」

 

その後、ドイツから帰ってきた友の言葉に、別のショックを受けた。

「体型をカバーした緩やかな服は、ドイツではホームレスと思われる。」

その少し前、雑誌で「ジャスト・フィット」についての記事を読んでいた。

体型をカバーした服より、ジャストフィットの服の方が、美しく見えるという。

同じ人の、緩やかな服の写真と、ジャストフィットの写真を、並べて載せていた。

 

雑誌の記事に説得されたような形で、私もピッタリした服を着てみる事にした。

着てみると、下腹部が出っ張って見えて、実にみっともない。

私は、とつぜん小学校時代の友達のを思い出した。

「歩く時は、腹を引っ込めて歩きなさい」

その友は、何時も母親にそう言われて、それを必死に守っていた。 

 

私も、それをやってみたら、少しはマシに見えるかも知れない。

そう思って、必死で腹を引っ込めるようにして歩いてみた。

やってみて驚いた。

腹を引っ込めると、自然に背筋が真っ直ぐに伸びる。

そして、自然に、肩甲骨を寄せる姿勢になっている。

そのまま歩くと、足が着地する時、自然に踵から着地する。

いいこと尽くめではないか!

 

 そうして、腹を引っ込め、ルンルンして町を歩いていたら、異変が起きた。

サービス・マッサージをしてくれる美容院で、それに気がついた。

いつもは、ガンガンに肩が凝っていて、マッサージがとても快かった。

だがその日は、撫ぜられているだけに感じられた。

「全然肩が凝っていませんね。」と美容師が言った。

「もしかしたら、昨日か今日、整体かマッサージしました?」と彼女は続けた。

頑固な肩凝りが、すっかり治っていた。

 

 そして今では、信号機の青が点滅している交差点を、早足で渡る事ができる。

きっと、すぐに走れるようになるだろう。